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zoom RSS 長編童話  楽園の王者

<<   作成日時 : 2010/10/08 22:08   >>

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  22  少年の家族と迫る祭典

 どんなに待っても少年は来ません。
 暗くなったら、今日はもう来やへんやろ。
カブトはいらいら焦って身体も心臓も頭も高鳴り、チャンスがあったのに失った自分のとろさに泣きそうになっていました。
 もし、カブヒコと二匹して約束の時間に行かなかったら、皆は首を長くして待ち、がっかりして悲しむやろ。予定もくずれてしまい、せっかくの楽しさがぶち壊しになってしまう。皆の結ばれかけた友好と信頼をぶち壊してしまう。どぅしても行かなければならないんや。
それを思うと、いても立ってもいられない、めちゃくちゃな気持ちになるのでした。
けれど、もう死んでも行くと決めました。
 どぅか、どぅか来て欲しい。チャンスを与え、必ず行かせてください。
ひたすら天に祈る気持ちで待ちました。

 ゆかたを着て、のんびりした大おじいさんが居間で白黒テレビのスイッチをひねり、隣の部屋で、大おばあさんとゆみ子が風呂からあがってゆかたを着ていました。
畑から帰宅した、お父さんとおじいさんがリヤカーを片付けて手を洗い、地下足袋(じかたび)をぬいで食事が用意された飯台に着き、家族八人そろっての夕飯が始まりました。
美味しい食事も終わりかけたとき、おばあさんが大おじいさんに明日の海の潮時を聞いて、
「ほんなら、明日は十時すぎから、貝堀りに行ってこぅかなぁ」
と言いました。
「私も行くわ。おにぎり持ってこ」
と、ゆみ子が言うと、みつおも言いました。
「ぼくも行くわ」
お母さんが皆にお茶を入れながら、元気な二人に、にこにこして言いました。
「また、貝がよぅけ掘れることやろ」
飯台を囲む皆の顔がほころびました。
おばあさんが思い出したよぅに言いました。
「この頃、吉川の水が汚れてきたなぁ。前みたいに澄んどらへんに」
大おばあさんが言いました。
「家から出た水はみんな川へ流れていくで。前みたいに、山からとってきたみがき砂は使わへんもの・・・・・。売りにもおいでやへんし、汚れがよう落ちたのにな」
おばあさんが言いました。
「蛍は、もぅ、ちょっとも見やへんし、とんぼもようけ飛んどったのに、この頃少(すく)ななったと思たわ」
みつおは、あれ、とんぼよぅけ飛んどるて思とったのに、蛍は見たことないと思いました。
ゆみ子は、遠い日の夜を思い出しました。
 湯上りの後、ゆかた着てうちわ持って、お隣のかよ子姉さんとみつおと、「お手手つないで」を歌いながら楽しく手をつないで蛍を見に行った。村はずれの家の前まで行ったら、まだ先の遠い、田んぼと暗い吉川の堤防の草の繁みが恐く見えて、田んぼの前で川の方見て、蛍呼ぶ歌、歌ったのは五歳くらいの時やった。あれから蛍を見に行ったことない、見たことないと思いました。
おじいさんが思い出して言いました。
「この頃は虫がつかんて言ぅて、農薬を使わんす家が増えたでの。虫が死ぬていうことは、人間の身体にもええことあらへんに決まっとるのや」
大おばあさんが言いました。
「あかんわさな。川にゴミほらんす人があるでな。こないだ海へ行くとき、堤防見てびっくりしたに。ゴミの山になっとるとこがあった。川は大事にしてきれいにしとかな後々困る。川のおかげさんで、米も野菜もできる」
ゆみ子は、あの川に蛍が見られなくなったことを思って、胸の底から淋しく悲しい気持ちになりました。
 ほぅいぅたら、あの時も悲しい気持ちになった。自分の大切な宝が壊れて消えたような気持ちになったと思いました。向かいのさなえちゃんと見つけたカニ、小学校に入る前、ときどき行ってはしゃがんで見てた。表の道の、も一つ向こうの細い道、田んぼと細い川の前のお家の石垣穴のあちこちから、両手に小さなハサミを持った可愛らしいカニが、よぅけ出入りして横に歩いとったの。去年、急に懐かしなって見に行ったら、一匹もおらへんだ。川の水は、前によしちゃんがすごく汚なくなったて言うてたけど、あの日、水は無くて草がぼうぼうに生えとった。今は見られない、あの石垣を歩くカニが見たくて、今は様子が変わったの思うと、物悲しくなってしまうのです。
「七時から、大川の花火があるでな」
お母さんが明るい声で言いました。
「ふん」
と、みつおがうなずき、ゆみ子も花火を思ってうなずきました。
「明日の朝のお漬物、しとかんとな」
お母さんが独り言みたいに言いました。
「ごちそうさまでした。私にさせてな」
と、ゆみ子が黒い目をあげて、腰を静かに浮かせました。
「これ、袖が汚れやんよぅにしてきなぁい」
お母さんがエプロンをぬいで手渡しました。
横に座っているおばあさんがひざを横にずらして、大きなエプロンに、ゆかたの袖を通すのを手伝って後ろのひもを結んでくれました。
「ありがとう」
ゆみ子は赤い鼻緒の下駄をはき、土間の流し台の上の、水洗いしたきゅうりと水なすびが入った竹ざるを持って長屋へ行きました。
 みつおは、一日中忘れていたカブト虫を思い出して、どぅしているかと見たくなって、姉の後を追って青い鼻緒の下駄をはきました。
「あっ、ホクロの少年や!」
柱に止まったり、あたりを飛んだりしていた蚊三匹は、家から出てきた少年の姿を見て元気づき、急いで後を追って飛びました。
ゆみ子は、水なすびの一本ごとに塩をまぶし、両手でこすってぬか床にねかせ、ぬかをかぶせて、手のひらでぬか床をベタベタ押していました。
電灯のついた長屋にみつおが入ると、蚊三匹も一緒に入りました。
みつおは、タライの中のカブト虫が逃げないよぅに、注意深くフタの片隅をずらして中をのぞきました。
蚊三匹は、「もしや」と、フタのすき間からタライの中に飛びこみました。
 ああ探していたカブト虫や。やっと会えた。
と、三匹は喜び合って、嬉しさと喜びにあふれる顔で声もはずみました。
「カブトさんやろか」
「はい。そぅです」
「カブヒコさんから、ことづかりましたんやわ。昨日の夜、無事、林へ向かわれましたんやに。必ず祭典には行きますそうですでな」
「ああ良かった、良かった。安心しました。探してもらって、ありがとぅございました」
ほっと安心と同時に、カブトは林の皆を思い浮かべて必ず行くと勇気百倍がわきました。
フタをずらした間から、みつおの右手がのびて、バッとカブトの角をつかみ上げました。
「あっ、危ない!やっつけよぅ」
この一大事、助けなければと、蚊三匹が勇気もりもり、ブーンブーンと飛びました。
 チャンスは、もぅ今しかあらへん。
カブトは全身にあるだけの力をこめて、勢いよく羽をバタつかせて飛ぼぅとしました。
サスヨがみつおの首かみ、カヤノが右の目尻をかみ、ブン子が左足首にかみつき、血を吸い込みました。
「あ、かやい、かやい」
と、みつおは左手でボリボリかきました。
三匹はさらに飛んで、袖口や裾(すそ)から入って、左腕と右手首と太ももをかみつきました。
「えい!手、放しな」
「逃がしたりな。ヤー!」
もう、あちこちがかゆくなって、みつおは身体中をかきたくて、あやうく手を放してカブトを落としそうになりました。
外のボンブの水で手を洗ったゆみ子が、手ぬぐいで手をふきふき入ってきて、一生懸命羽をふるわせるカブト虫を見て言いました。
「つかまっとるの、嫌やて言うとる。逃がしたれやんの?。もぅ、ゆっくり遊んだやろ」
みつおは手の中で、休んでは強い力で羽をブルブルして飛ぼぅとするカブトを見ました。
「姉ちゃん、とんぼや蝶々をとっても、見たらすぐに逃がしたるに。逃げたい逃げたいてもがくでな、よぅつかまえとらん。見たい時、またとって見たらええんやで」
みつおは身体中をボリボリかきむしりながら、ちょっと考えて言いました。
「逃がしたろ」
蚊三匹は力いっばい闘って、自分の体重の倍以上の血を吸ってふらふらになりました。
ゆみ子がエプロンをはずしつつ、言いました。
「よぅ飛んでかんとあかんで、林の近くまで行ったほぅがええに。花火が始まるまでに行こ」
「かやい、かやい。お姉ちゃんは?」
「どっこも食われてへん。みーちゃん、きっとおいしいのやに」
「ふーん、ほぅやったん」
ぼくはおいしいのか。知らなかった、と、みつおはひどく感動して、かゆみをどこかへ忘れてしまいました。
二人と一緒に、蚊三匹も長屋を出ました。
「血、さらさらしておいしかったなぁ」
「ふん、おなか、はじけそぅや」
「ああ、これでやれやれや」
蚊三匹は、働ききった喜びでいっばいでした。
みつおとゆみ子は、村を出て田んぼにさしかかりました。
暮れかかった深い青色の空に、ぼちぼちと金色の星が光っています。
「お星さま、きれいや」
林はまだまだ遠くです。
人気(ひとけ)のない田んぼがだんだん暗くなり、石ころの転(ころ)がる道も恐くなりました。
心細くなって、ゆみ子が立ち止りました。
「このへんでええに」
「ほしたら、ここから放したろ」
みつおは、手の中のカブトを見ました。
そして、うす暗い空に向けて両手を伸ばし、指をバッ、と開きました。
皆の待つ使命の空へ、夢と自由の空へ、カブトは輝く胸を躍(おど)らせて飛び上がりました。
「バイ、バアーイ」
と、みつおが声をあげました。
優しかった少年少女に言いました。
「ありがとう・・・。さようなら」
月がきれいな空へ。カブトはスピードを出してたくましく強くは羽ばたきました。
ドドーン・バッ。
と、村里の向こうの大川の夜空に、大きな花火が打ち上がりました。
ドドーン・バッ。ドトーン・バッ。
彩り盛大な花火が、いくつも広がって咲きました。


   おわり   



 最後までお読みいただきまして
       ありがとうございました。
  



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