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zoom RSS  長編童話  楽園の王者  

<<   作成日時 : 2010/09/26 22:55   >>

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   20  自由に飛べる栄光と幸福

 ガラガラと長屋の戸があきました。
あの少年や!カブトは音を聞いて喜び、タライのフタが開いたら一気に飛び立とぅ、と緊張して待ちました。
けれど、ゆったりした足音は土間で止まり、カタンと木のフタを置く音、それから、ビチャ、ビチャ、キュッ、キュッと聞こえました。
夕方になり、大おばあさんが、夕飯用の漬物を出しにきたのでした。
ほどなく、ガラガラと戸が閉まりました。

 日が落ちて、あたりも暗くなりました。
九死に一生を得たカブヒコは、ようやく元の体力を取り戻したのでした。
庭木の草むらを、ヤブ蚊が飛んでいました。
「もし、ヤブ蚊のお嬢さん」
カブヒコはていねいに声をかけました。
「な、何ですやろか」
オジョウサン、て、私のことでええのやろか、と、迷いながら、草の葉にサスヨとカヤノが止まりました。
止まってくれた二匹に、カブヒコは笑顔で会釈し言いました。
「初めてお目にかかるのに、誠にすまんのやけど、スマートなお嬢さんやないとあかんことで、僕の一世一代の願いを聞いてくださいませんか」
「まぁ、どのよぅなことですやろ」
「わたしらにできますことなら」
こんなに強そうな大したカブト虫に頼りにされるやなんて。
サスヨもカヤノも胸がときめき、嬉しさいっばいの笑顔になって言葉を待ちました。
「僕の友虫のカブトに会って、一言伝えていただきたいことがありますんや。カブトは、口元にホクロのある人間の少年に捕らわれてますんや」
と、しおらしく伝言を話しました。
「わかりましたわ、ええですよ。きっと探して伝えますでな」
「ありがとぅ。何のお礼もできやんので、せめて僕の血を、おなかいっばい吸ってくださいますか」
「まあ、とんでもないことを、なぁ」
「ほぅですに。私ら、お役に立てましたら、一生の光栄ですでな」
サスヨとカヤノが、にこにこの笑顔で優しく言いました。
カブヒコは二匹の純情に胸が熱くなり、
「ありがとぅな。一生感謝して忘れんです」
と、嬉しく心から頭を下げました。

 飛ぶこともできない、星も月も見えないタライの中で、カブトは生き埋めにも似た辛さに耐えていました。
 今頃、カブキチも皆も、どんなにか心配しているやろ。
林や田畑の上の空を、当たり前のよぅに飛んでいた。
自由を奪われて、自由に飛びまわれること、ただそれだけのことが、どんなに素晴らしく輝かしい幸福であったか、宝であったかと思い知ったのでした。
 あの林や田畑の上を自由に飛んで暮らせるなら、何が起きても不幸やない。
カブトの目に心に、いろいろな虫との出会いや出来事が、楽しくも夢のよぅによみがえるのでした。
この誰もいない、何も無い、動きのとれない、しばられたよぅなタライの世界にくらべれば、外の世界は、これまでの日々は、今は遠い輝く宝の集まり、別世界でした。
思えば、思いがけない出来事にぶつかり乗り越えるたびに、目の前に見たこともない新しい世界が開けて、鍛(きた)えられたくましくなったのでした。
出来事の一つ一つは、心を決めて明るく楽しく進み、乗り越えるしかない試練、それは果たさなければならない宿題、勉強、使命の道であるよぅな気がしました。
これまでに見たこともない喜びの新世界を拓いていける強い心、何が起こっても幸福に変えていける優しい心、美しく輝く満月のよぅな心の王者になるために。
 このまま、のたれ死にはしたくない。一世一代のビンチ。
このこともまた、見たこともない輝く幸福を作る勉強、チャンスにしなければ。必ずスポーツ会に行くのや。クヨクヨ焦ってもどぅにもならへん。
弱い心を乗り越えて、明るく強く前向きに楽観的に心を燃やすのやと、言い聞かせました。
ふと、カブナとカブミの花のよぅな踊りが目に浮かび、タライの中を歩いて歩いて、踏ん張りを繰り返しました。
踏ん張っているそのとき、いら立ちも焦りもきれいに消えて、再び世界が晴れ晴れしく輝いて見えたのでした。
 ほぅや。この世に生命のあるかぎり、心と身体といぅ、この上ない素晴らしい宝に包まれて生きているのや。この地獄のよぅな世界もまた、宝の世界やった。これまで心に感じたこともない汚(けが)れのない真実の世界と幸福を感じ見るための・・・。
生きてるかぎり、宝とならない世界はないのやと感じ入ったのでした。
いつしか明け方になり、捕らわれてから一睡もしなかった身に眠気がさして、カブトは眠りこんでいました。
 夏の朝日はとうに昇り、早起きのみつおが来てフタを開けました。
けれど気がつかないほど眠りこけ、カブトはつまみあげられて目が覚めたのです。
タライには、香りの良いリンゴが一切れ置いてありました。
みつおは右手の指につかんだカブトの足の動きや姿をながめていましたが、宿題帳をしよぅと思い立ち、ていねいにフタをすると行ってしまいました。
カブトは逃げるチャンスを逃がしてしまいました。
 次にかけよぅ・・・・。
カブトは少年が行ってしまうと、クヨクヨする間もなく、昨日一日中眠れなかった眠りを取り戻すかのよぅに眠りました。


    つづく   



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