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zoom RSS 長編童話  楽園の王者

<<   作成日時 : 2010/08/06 00:16   >>

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   11  愛と真心、感謝の奇跡

 クロオオ家の大家族は、陽当たりの良い林のふちの柔(やわ)らかな土の中で暮らしていました。
316匹の働き蟻(アリ)のうちで一番長生きのあゆりは、まだ皆の眠っている各部屋のひんやりした通路を静かに通りぬけると、地上へ出ました。
はや、陽が昇っています。
 「なんて、まぶしいお陽さま」
今朝からは自由の身、どこへ遊びに出かけてもよいのです。
ゆっくり、ゆっくり、あてもなく歩き出すと昨晩の妹達の心配顔が浮かびました。
「お姉さん、明日からはのんびりと、好きなことをして暮らしてちょうだいな。後のことは何の心配もあらへんのやしな」
いつか来ると思っていた日が来たのでした。
 あたしは、あと、どのくらい生きてられるのやろ。手も足も、めっきり働きがにぶっているのやもの。
あゆりは草のない道を通って、林の中へと歩いていました。
 来る日も家族のために食べ物を求めては運び、力のかぎり働いた一生やった。
悔いは無いのに、老いてすっかり頼みにされなくなった今、心にぼっかりと穴が空(あ)いてしまったよぅでした。
 晴れて自由の身が、どうしてこんなに淋しいの。
ひとりでに涙がたまり、目の前がかすんでしまい、ドン、と太い木の根っこにぶつかって転んでしまいました。
 ほうやわ、この先にクヌギの木がある。あそこへ行こう、あそこには、美味しい甘い液があるのやもの。
クヌギの根元に来てみると、あゆりの幾百倍も大きな、けれど、目を閉じ、弱りきった様子(ようす)のカブト虫がうずくまっていました。
「お具合、お悪いのですか?」
大きな身体に、小さい手をまわしました。
カブト虫はビクともせず、よい顔色ではありません。
 あかん。弱りきって虫の息や。
あゆりは、えらいことやと老いを忘れて急ぎ足でクヌギに登り、にじんだ液を腹いっばいに詰め込み、それから急ぎ足で根元に下りると、カブト虫のわずか開(あ)いた口元により寄り、甘い液を注ぎ入れました。
七回、八回と、登っては下りて口に液を入れていると、カブト虫は「ごくん」と、のどをならして、うっすらと目をあけました。口元で心配そうにこちらを見ている、汗だくの老いてショボショボした蟻(あり)がいます。
 この小さな蟻が、ぼくを助けようとしてくれたのか。
カブキチは、感謝の笑みを浮かべると消えてしまいそぅな声でしたが、心から言いました。
「ありがとう。ありがとうございます」
けれど、あゆりはしっかりと聞きました。
 こんなことで、ありがとうやなんて。
ポロポロと熱い涙がこぼれ、これまでの疲れが洗われたよぅにとれていきました。
 一日も休みなく働き続けた毎日やった。けれど、働くことが当たり前のクロオオ家の、誰からも言われたことの無い言葉、こんなにも温かく優しく心にしみる言葉があるのに。
どこか雲っていた淋しい心は、一瞬のうちに温められ晴れ晴れと清められたのでした。
「いいえぇ」
生き生きと喜びに輝く優しい笑顔になって、あゆりはあわてて首を横にふりました。
 帰ったら、この身を心配してくれた妹達に、心からありがとうて言おう。
帰り道、あゆりは草の葉をひとひらちぎり、口に当ててみました。
働きに出始めた幼いころ、草笛を吹いても、シー、シー、と息のもれる音しかしなかったのに、ビー、ビー、とかわいく鳴りました。
この草の音は、あゆりをことのほか楽しく喜ばせました。
 ほぅやわ、幼虫の妹達に聞かせよう。今日から妹達の友達になろう。ほれから、皆が働きに出かけるとき笑顔で見送り、帰ったら優しい言葉をかけよう。することはいくらでもあるのや。皆が清々しく楽しくなること。
自由気ままに遊んで暮らす幸福は、あゆりの習性にはとまどいでした。
働くことそのものが、あゆりの遊びであり、生きがいとなっていたのでした。
林のふちの我が家へ向かう足どりが、なんとも元気で若々しくなっていました。

 カーコと離れてから、日に日に、生きる元気を失くしてしまったカブキチでしたが、こんな自分を思ってくれたあゆりの姿に、生命がよみがえり、歩く力が出たのでした。
陽が沈み、幹の裂け目にクワガタ虫やカブト虫達が集まっている、その少し離れた所で、わずかにじんでいる液を飲んでいたカブキチの近くに、ガサッ、と誰かが止まりました。
見ると、つやつやとたくましく、凛々しい顔立ちのカブト虫でした。
二匹は目が合うと、互いが呼び合っていました。
「カブトォ」
「カブキチ」
懐かしさでいっばいの、思いがけない再会に、これまでのことを話さずにはいられませんでした。
カブキチは、たくさん歩いて身体をきたえ、近いうちに、きっと、カブトの住むつゆ草の林へ飛んで行くと約束しました。
カブトは、カーコに会ったら、カブキチが元気でいると伝える約束をしました。


     つづく    


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