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zoom RSS 長編童話  楽園の王者

<<   作成日時 : 2010/09/17 00:11   >>

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   19  二階の虫カゴ、たらいの家

 よぅじが板塀(いたべい)を庭に入ると、離れの平家(ひらや)の花壇前に父が立っておりました。
朝顔が色とりどり、美事に咲いています。
「待っとったんやに」
よぅじは、ひゃっとしました。
「ただいま、ごめんなさい」
と言って、右手に持ったカブヒコを父に見せました。
「お、カブト虫か」
「ひろちゃんにもろたん」
家に入ると、台所から母の声がしました。
「どこに行っとったの。十時に出かけるて言うてあったのに、お父さんを待たせて。ことわり言うたかな」
「ふん、言うた」
よぅじは父母を待たせてしまったと、せいて二階へかけ上がり、去年しまった虫カゴを見つけるのがやっとでした。
カゴにカブヒコを入れて一安心、机の上に置くと白い帽子を持って庭に飛びだしました。
「ゆっくりしておいな」
「二時半か三時頃には帰りますで。ほな、行ってきます」
母が離れの家の前で、祖父母にそぅ言って頭を下げました。
よぅじも花壇前に走っていって、
「おじいちゃん、おばぁちゃん、行ってくるでなっ」
と、元気よく言って、それからすっとんで父の待つ車に乗りこみました。
「いってらっしゃい、気いつけてな」
手ぬぐいを頭にかむり、エプロンをかけた笑顔の祖母が、朝顔の花の前で、母とよぅじに手をふりました。

 庭の竹竿(たけざお)に干してあるふとんの両面に陽が当たるよぅにと、祖母が裏返していました。
「おばぁちゃん」
「お帰り、暑かったやろな」
みつおは、カブトを見せました。
「あれまぁ、大きなカブト虫やこと」
「ひろちゃんにもろた。朝、とってきたんやて。ほいで、えさは、果物やったら、何でもええんやて」
「桃とメロンがあるやろ。スイカもあるし、何がええやろか」
「何が好きかわからん。ほやで、あるものみんなやってな」
風とおしがよく、涼しい食堂の大きな飯台で、四年生のゆみ子が夏休みの宿題をしていました。
みつおは静かに飯台に座り、カブトの長い角(つの)、短い角、つやつやした羽や、元気に動く六本の足をさわったり、しげしげながめたりしておりました。
カブトはしっかりとつかまれて逃げるに逃げられず、少年の様子を手の中から見ていました。
楽しくじゃれているよぅな、珍しくて面白がっているよぅな、どぅやら心配していた危害は無いと思いました。
 終えた宿題帳をとじて、ゆみ子が聞きました。
「みーちゃんは、もぅすんだん?」
「ううん、昼から」
「どぅせするんなら、朝の涼しいうちにした方が、頭と気持ちがすっきりしてええに」
ほのとおりやと思いました。
「ほしたら、明日からほぅするでな」
土間(どま)の流しで、祖母がプリンスメロンと桃を洗いました。
「おばぁちゃん、うち、虫カゴあらへんやろ。何か入れ物、ほしい」
「そぅやなぁ、何かええ入れ物あったやろか。長屋で見てみよかなぁ」
切った桃とメロンを持って、祖母とみつおは庭木の横の、今は物置になっている古い家に行きました。
 庭木の陰になり、西日もあまり射さない長屋には、屋根から斜めに、大きなあしのすだれが立てかけてあるのです。
その土間には、道具類の他、手作りのみその瓶(かめ)、らっきょう漬けの瓶や、大根漬け、青菜、白菜漬けやぬか漬けなどの樽が置いてあるのでした。
二人は、ひんやり涼しい漬物の匂いがする土間に入りました。
「これ、どぅやろか」
祖母は土間の奥の道具類の中から、カタメ(野良仕事などで使う竹で編んだカゴ)を取り出して、みつおに見せました。
みつおは、竹の虫カゴとくらべて、ぶかっこうでごついと思いました。
「ほんなら、これはどぅやろか。ちっちやいと、狭(せま)てかわいそうやに」
と、祖母は大きな木のタライを見せました。
古いけど、よく磨かれて、多少すりへってはいるもののきれいです。
「ほれにするわ」
祖母はみつおの返事を聞くと、土間の横の部屋の戸を開けて、その畳の上にゴザ一帖分をいそいそと広げ敷いて、ゴザの上にタライを置き、屋根ブタ用にと、薄い長方形の板三枚を探し出しました。
「ここ、カブト虫の家な」
「ふん」
みつおは、タライの中にメロンと桃を一切れずつ入れ、屋根用のフタをしてから、逃げないよぅに注意してカブトを入れました。
「息できやんとあかんで、ちょっとずつ、開けとこな」
二人はフタの板を手の指が入るくらいずらして中をのぞいていましたが、これで逃げない、と安心して長屋を出ました。
長屋は静かになり、タライの中は暗くて夜のよぅです。
カブトは板のすき間から出ようと考えてタライのふちを登り、すき間から角を出し、足を出してフタをグングン押しました。
すき間を広げよぅと、力いっばい出しきって何回も押しました。
けれど、重石にレンガを置かれた板は、どんなに頑張っても身体ごと出るまでには動かず、力尽きたのでした。
しかたなく、甘い匂いの果汁を飲みました。
いつもならこの時刻は、クヌギの根際の土の中で眠っているのでした。
けれど、昼すぎになっても、スポーツ会やカブキチや林の皆を思って眠れず、タライの中でじりじり焦っているうちに、何か胸さわぎがしました。
 カブヒコはどぅしているやろ。どぅか無事に逃げてほしい。
「みんな、必ず逃げよぅな」そぅ言ったカブヒコの勇敢な姿を思い浮かべました。

 二階のようじの部屋は、午後になると、一年中さんさんと日が当たるのでした。
夏の燃え盛る陽射しを受けた閉めきられた部屋の中は、風とおしもなく、熱気で沸き立つよぅに暑くなっていました。
 あれからカブヒコは、虫カゴの扉を何回も押したりひっかいたりしましたが、びくともせず、前日からの疲れもでて眠ってしまったのでした。
どのくらい眠ったのでしょうか。あまりの暑苦しさに目がさめたのでした。
のどがカラカラで息をするのも苦しくて、あびるほど樹液が飲みたいと思いました。
カーテンごしとはいえ、窓際の机の上に置かれた虫カゴ、ぐしゃぐしゃの汗。
カブヒコは狭いオリの中でもがき、地獄のよぅな苦しみと渇(かわ)きにあえいでいました。
 暑い、苦しい、樹液が欲しい。
午後二時の盛んな日がいよいよ熱を増し、この暑さは永久に続くよぅでした。
 どぅして、どぅして、こんなに苦しまなければならないんや。ここを出たい。出たい。
カブヒコは、ありったけの力をこめて身体ごと虫カゴにぶつかりました。
けれど、ほんの少しも開かないのでした。
どんなにか待っているカーコを思い、キリリと胸が痛み涙があふれました。
 カブト、カブトはどぅしているやろ。約束したスポーツ会に行きたい。
腹の底まで渇(かわ)ききり、息がのどにひっかかり、呼吸が苦しくなりました。
 のどに一滴でも。
液をたっぶり飲んだ日、あの日がどれほど幸福であったか、液を飲めない苦しみが、どんなにむごいことかと思い知ったのでした。
ふいに、いつぞやのカーコの悲しそぅな顔が浮かびました。
 「悪い種をまかんといてな」
このことやったと、思い知りました。
 あれはカーコの心からの叫び、願いやったのや。ほぅや、この苦しみは、自分がまいた種の報いなんや。
扉を押す力もなくなり、カラカラののどに息がとぎれそぅになりました。
カブヒコは最後の力を天に向かって詫び、ただいまからは縁する虫に心からの思いやりと真心を尽くしますと・・・・・・・。液を欲しいとも思わなくなり扉の前でグッタリとなりました。
カーコを悲しませてはならない。カブトと約束したスポーツ会に行かなくてはと思いました。
 家の前に車が停まりました。
ようじは、さっきから虫カゴのカブト虫を思いだして、昼ごはんをあげなくてはと焦っていました。
久方ぶりの町での買い物袋を持った両親と車を降りると、ようじは、まっすぐ二階へかけあがりました。
部屋の戸を開けると、中からどこよりも暑い熱気があふれだし、まるで蒸し風呂のよう、窓際の机にかけよったときには、顔と身体からドバッと汗が吹き出し、ほんの一時もここにいられるものではありません。
逃げるよぅに虫カゴを持って、涼しい下の居間にかけ下りました。
「お母ちゃん、果物、何でもええで早ぅ欲しい」
心配そぅなようじの顔を見て、父母が虫カゴをのぞきました。
「涼しい所へ置いといたら良かったのに。かわいそぅに」
と、母は台所に向かい、
「急いどったでの」
と父が言いました。
母が四分の一に切った桃を持ってきました。
ようじはカゴからカブヒコを出して、みずみずしい桃に口付けてやりました。
「食べて、食べて」
カブヒコは動きません。
取り返しのつかないことになったと思いました。
 あんなに元気に動いとったのに。おじいちゃんにあずけとけばよかった。
ようじは悲しくなって、涙がボロボロこぼれました。
桃に口づけたままのカブヒコを手の平にのせて庭に出ました。
せめて、涼しい庭木の間に置いてあげよぅと思ったのです。
手の中で、かすかに足が動いたよぅな気がして足を止め、じっと目をこらして再び六本の足が動くのを待ちました。
 動いて、動いて、生きてて欲しい。
庭の木陰に涼しい風が通り、カブヒコの身体がクラと動きました。
 ああ良かった。生きとった。
ようじはほっとして繁る庭木の木と木の間にしゃがみ、その草の上に桃とカブヒコを載せて、長いこと見守っていました。
「桃を食べて、元気になったら飛んでってええ」
もぅ、虫カゴに入れないと思いました。


   つづく   





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