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zoom RSS 長編童話  楽園の王者

<<   作成日時 : 2010/09/09 22:41   >>

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   18  三人の少年と虫達の行方

 裏木戸を開けて、兄弟は歩いて自転車を引き、家と家の間の通路をぬけると樹木の繁る広い庭に出ました。
カゴの中の虫達が、林に来たのや、と目を輝かせたのはつかの間でした。
庭木と向かい合わせた家の前に、二人は各々が自転車を停め、兄は家の中へ入っていきました。
ひろしがガラス戸を開けて、日の当たらない縁側の廊下に虫カゴを置きました。
カンカン照りの暑さとまぶしさにまいっていた虫達は、ひんやりした空気に少し気分が楽になりました。
家から出てきた兄は、持ってきたバットとグローブを荷物入れに置いて、自転車をバタンと前に引きました。
「学校へ行ってくるで」
柿の木の下のボンブ井戸で水を汲み、手を洗っていたひろしは、木戸まで兄について行きました。
「お母さんに、昼ごろ帰るて言うてな」
「ふん、行ってらっしゃい」
兄の姿が表の通りの曲がり角に消えてしまうと、ひろしの足は、立ち並ぶ庭木の脇の、長方形な池の前で止まりました。
しゃがんで、しばらくは、池の中をゆったり泳ぐ八匹の少年少女のような鯉を見ていましたが、間もなく家の中へ姿が消えました。
虫達は、カゴの中から静かにひろしの様子を観察しておりました。
 虫達が置かれたこの人間の家は途方もなく大きく、やっばり、生き物のチャンピオンなんや、と、皆、肝を冷やしていました。
家の外に小さい林があっても、家の中に樹木は一本も無く、虫達は狭いカゴの中で自由に動くこともままならず、しだいにいらいらがつのり、焦りと不安が高まりました。
「こんな所で生きてかれやん!」
「飢え死にするしかないんや」
「クソッ!」
カミキリ虫とクワガタ虫が、捕らわれの苦しみに耐えかねて、はらはらと涙をこぼしました。
「あきらめたらあかん。林へ帰るんや、扉が開くまで待つんや」
「こんなとき男が泣くな。もてやんぞ」
「胸を張れ、男らしい気を持つんや」
落ちついて男らしく見えるカブトとカブヒコを見習い、三匹のカブト虫がチャンピオンの誇りを持って励まし胸を張って見せました。
カブトとカブヒコは、お互いがいることで心強く思っていました。
二匹も、約束のスポーツ会を思って内心じりじりしていましたが、明日の夜までにはまだ時間があるので、それまでには必ずチャンスが来ると考えていました。
目的があって捕まえたのなら、このままにしておくはずがないのです。
「扉が開いたら、すかさず飛び出るんや」
「扉に寄った方がええ。チャンスは来る」
カブトとカブヒコは、そう言って少し気持ちを楽に持ちました。
皆、扉が開くのを待つしかないと、おとなしくなりました。
しばらくして、カブト虫が言いました。
「ほやけど、上には上がおるもんやの。人間見とると、おれらがちっちゃく見えてしまう」
「上には上がおったら、人間の上がおるんかの?」
「見たことないでわからんけど、どんな大きな生き物でも、上と下から見たら、ちっちゃく見えるやろ」
「上て何やな?」
「空、天や」
「ほんなら下は?」
「緑の土地、大地やがな」
 奥の畳の部屋のふすまが開く音がして、それから畳の部屋の障子(しょうじ)を開けてひろしが姿を現し、虫カゴのそばの縁側に腰をおろしました。
虫達はおしゃべりを止めて注目しました。
少年は、庭木に向かってハーモニカを口にあてました。
フー、フーとしてから吹きました。
 
  貴方も私も宇宙の子
   美し世界のこの地球へ
   宝をもらって生まれたの
   目と耳 鼻口その身体
   学んで幸せつくるため

ハーモニカの音色を聞いて、表を通りかかった小学二年生のみつおとようじが、裏木戸から入って来て、縁側のひろしの横に腰かけました。

  貴方も私も宇宙の子
   楽し世界のこの地球へ
   使命をもらって生まれたの
   心と時間その生命
   幸せつくって輝くの

「ひろちゃん、上手やなあ」
と、みつおとようじが手をバチバチたたきました。
ひろしは嬉しくなって、続けて二曲吹きました。
兄がするよぅに、一生懸命吹いて、すぐにうまくなったのです。
吹き終わると明るい声で言いました。
「ぼく、大人になったらギターして、テレビにでて、世界一周するんや。みーちゃんとようちゃんは?」
ようじがはきはき答えました。
「ぼくは野球の選手。高校に行ったら甲子園に出るんや。ほいでブロになる」
夢を語った二人が、みつおを見ました。
みつおは、去年の秋、稲こぎについて行った日、稲運びを力いっばい手伝えて心から嬉しかったし、家族の誰からも口々にほめられ、自分も早く大人になって、父母や祖父のよぅに働きたいと思ったのでした。
秋晴れの空の下の昼ごはん、むしろの上で、皆で食べたおにぎりの美味しさと、祖父母がみつおに語った言葉が心に残りました。
(農業は自然が相手やで、たまにはえらいこともあるけど、楽しみなことや嬉しいことや喜びがいっばいあるでな。野菜や米を作る仕事は、人さまの健康や生命を守ることになるんや。野菜や米が無かったら生命が続かん。飢え死にせんならんでの)
「ぼく、野菜や米を作る。お父ちゃんの仕事をするで」
ひろしとようじは、見なれた田畑の風景を目に浮かべ、ちょっとがっかりしました。
「あ、そや、カブト虫とってきたんや。朝、兄ちゃんと行った」
ひろしは、両手でカゴを持ち上げ、二人に見せました。
カゴの虫全員が緊張してドキドキしました。
虫カゴの中を三人がのぞきました。
大きな顔三つ、ヌッと真近に迫ったので虫達は飛び上がるほどびっくりして身の毛もよだち後ずさりし、お互いがぶつかり合いました。
「明日、大川の花火があるやろ。名古屋から親戚のともちゃんとけいちゃんがおいでるで、お土産にするんや」
「よぅけ、おるなぁ」
「クワガタとカミキリ虫もおる」
ようじとみつおが、カゴの中の虫達の姿や動きに見入って楽しくしていました。
「あのカブト虫、強そうや」
「このカブト虫、恰好ええ」
ひろしが気前よく言いました。
「一匹ずつあげるで、クワガタとカミキリは少ないで、カブト虫な」
ひろしがフタの扉に手をかけました。
待ちに待った時、チャンスの時、虫達は目を見開いて扉ににじり寄りました。
「ようちゃんの好きなカブト虫でええで」
と、ひろしが注意深く扉をそろそろ、ゆっくり、わずか伸ばした五本の指が入るだけ上げると、ようじが指を入れ手を入れました。
「みーちゃんはどの虫がええ?」
「このカブト虫」
ようじがカブヒコをつかみ出すと、すぐに、ひろしも手を入れてカブトの角(つの)をつかみました。
「今や、逃げるんや!」
カブトが声をおさえて言いました。
ようじは手に持ったカブヒコをながめ、ひろしが扉から手を出して、つかんだカブトをみつおの手につかませた時でした。
カブト虫一匹がサーッと、次いでクワガタ虫一匹も扉からぬけて、バタバタと羽ばたき、庭木へ向かって勢いよく飛びました。
バタン! と扉のフタが落ちて、少年三人があぜんとして庭木を見ました。
ほんの二、三秒のことでした。
次に出ようとしていたカブト虫もクワガタ虫も、地団駄踏んでくやしがりました。
ひろしがカゴをのぞいて、思いきりも良く言いました。
「カミキリとクワガタとカブト虫が二匹もおるでええわ。カゴ、ちっちゃいしの」
「ひろちゃん、ありがとう」
一匹ずつカブト虫を手に持って、みつおとようじが言いました。
「何かエサやってな。果物やったら何でもええんやて」
ひろしは兄弟みたいな二人が好きでした。
奥の部屋で、時計が十時の鐘を打ちました。


    つづく   


  

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